電話
ポケットに入っている携帯電話から、マリンバの音が鳴り響くと僕は身構える。
就職活動を通じて、電話への緊張感が芽生えたというのは、否定のしようがない事実だ。
耳の当て口の向こうから聞こえてくる会社の人の声はいつも定型的だ。
何百、何千という数にマニュアル通りの電話をしているはずだから仕方がない。
電話は、音でコミュニケーションするものだから、暖かい。メールやラインに比べて暖かい。
でも、そんな電話が僕には文字より冷たく感じることがあるのだ。
小さい頃、よく母から叱られた子供だったように思える。
部屋を片付けない、お手伝いしない…
理由はなんであれ、僕を育てたい母は叱ってくれた。非はいつも僕にあり、反論などできる余地はなかった。
母が語気を強め、声を荒げて叱る時に限って、我が家では不思議と電話がかかってくることが多かった。内容はPTAの連絡やらセールスやらいろいろだ。
「はい、もしもし」
そんな時、
母は別人の声を出す。善良で心から電話を歓迎する女の人の声。
…内心では真横にいるバカ息子にフツフツと怒りを溜め込んでいるであろうに。
そのギャップが幼心に怖かった。
電話先の相手が、
母は、本当は、怒りに身を震わせていて、
その感情を罪人である息子にぶつけたい意欲、
そして、
親としての正義感
これらに駆られている最中だということを知らないことが怖かった。
電話先の向こうは本当は何を考えているんだろう。そんなことを考えると僕にはメールの方が気楽に思えてしまう。
用件を伝える容易さでは電話は絶対的に有利なのだが…
電話は、怖い。