失敗
失敗は、成功への礎になるって信じてる。
だけど、この言葉は時に綺麗事のように感じる。
http://m.huffpost.com/jp/entry/17596260
僕は、現在就職活動をしている。
もちろん選考によっては、うまく行ったり行かなかったりする。
自分が行きたいと望む会社に落ちた時、それは一種の失敗ということができるだろう。
しかし、この失敗は、
反省を踏まえて自分を見つめ直したり、所作振る舞いに気を配れば後々の糧になる経験だ。
失敗が最高の礎になるいいエピソードだと思う。
失敗が成功への礎になる
が時に綺麗事に感じてしまうのは、
失敗した人に対してのレッテル貼がしばしば行われるからだ。法を犯すなどの失敗をしたら、庇いきれない部分もややあるのだが。
もちろん、失敗の種類にはよるのだろうが、
よくない行いをした人に対して、
「あいつは、ああゆう人間」
と思い込む節が、僕も含めて多くの人が持つイメージがある。
その思い込みは、時に、その人に再起のチャンスすら与えずにある意味殺してしまっている気がする。
具体的な事例としての僕の経験談は、長くなるので割愛するが、
失敗して学んでいくスタイル
というものを過信しすぎると、何か大きなものを失いかねない気もする。
失敗した人を受け入れるか受け入れないかの多様性も加味して、物事への挑戦には、やや慎重になる必要があるのかもしれない。